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平城京が造営されたおり、都の東に社寺地として開発されたのがこの町の始まりである。都が長岡京を経て京都に移ると、平城京は見る間に荒廃したが、寺院を中心としたこのあたりは「南都」と呼ばれ宗教都市として生き残った。
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鎌倉時代になると、寺院の周りに仏具職人や宮大工、技芸職人などが集まり、「郷」と呼ばれる町が形成される。中でも、元興寺の境内地を侵食するように発達したのが奈良町である。酒造りや刀鍛冶、墨や晒などの手工業の発展とともに、郷民は次第に社寺の支配から離れて自立し、能や詫び茶、連歌などの「町衆」文化を開花させた。 千年のあいだ都でありつづけた京都と違い、奈良町は時代の変遷にもかかわらず、したたかに生き残ってきた町である。そこには、世代を超えて生き抜く町衆の知恵が凝縮されている。
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